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Tuesday, February 13, 2018

Hさんへのメール


Hさん

 

メールを受け取りました。

P・ティリッヒというアメリカの有名な神学者は、「信仰」あるいは「信じる」ということを、「究極的関心」と言う風に説明しています。ティリッヒは、マルコ福音書から次の言葉を引用しています。「心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くし、力を尽くして、あなたの神である主を愛しなさい」(マルコ1230)。「心」「精神」「思い」「力」という四つのものとの関係と聖書的な意味について説明するとかなり長くなりますので、おおざっぱに言って「知情意」と言われる場合の「知」「情」「意」に対応すると考えていただいてもいい。

したがって、「信じる」とは、知情意という人間の精神機能すべてがしかも統合された形で関わっている全人格的なものと考えるべきなのです。ですから、信仰=認識(不完全なあやふやな知識)、信仰=意志(無理に信じようとすること、オウム真理教みたいな他律的精神性)、信仰=感情(主観的な気分、独りよがり)といった理解は、よくありがちな信仰への誤解であると言わねばならない。人間の精神全体に関わることなんですが、それは「宗教的」信仰に限ったことではない。我々は日常的にさまざまなものを信頼することによって生きており、人間として生きる上で何ものをもまったく信じないということはおそらく不可能でしょう(電車や飛行機に乗ることを考えてみてください)。つまり、「信じる」とは人間だれしも経験することであり、特別な感受性か鋭い感覚に限ったことではない。相手の誠実さに信頼し、約束を行い、それを遵守したり破ったりする自由と責任を担っているということは、人格的存在者としての人間の基本に属するものであり、宗教的信仰と日常的な信頼関係との両者に共通の構造をもっている。

この共通の構造を表現する用語として「関心」という概念が採用される理由を考えてみると、人間は日常生活において、さまざまな対象に関心をもちながら生活している。家族、恋人、仕事、趣味、事件、食事など。その意味で、「人間である」とは、世界の中で出会う事物や出来事に対して関心を持って生きることであると言い換えることができる。関心をもたない人間はありえない、というぐらいなもの(だから、皆何かを「信じて」いるといえる)。「信仰」とは、人間の全体性に関わる重要なものであると言えるでしょう。

次に「究極性」について。これは、先のマルコ福音書の言葉で言えば、「…尽くして」と表現されていた信仰の性格に関わる。宗教における「信仰」は、日常的な関心(「心」「精神」「思い」「力」)を最高度に高め集中させるところに成立するのであって、真剣で強烈な愛にきわめて類似したものなんです。信仰の対象となるものは信仰する者にとって特別な意味深い価値あるものとして経験されるのです。日常的関心は、生活の一部分にしか関わらない(学生時代は学校に深く関心していても、一生続くわけではない)のに対して、宗教的信仰が生活の一部分ではなく、その全体、つまり全生活、全人生に関わっているということです。信仰者の人生全体の意味がかけられているのです。

ところが、全人生と言っても、これまで経験した部分に関しても、全部理解しているわけではない。これからの部分は、全く分からないから、自分から「神信仰」を生み出すことはできない。信仰の対象を「示して」もらうことが必要なのです。

 

話は変わりますが、この前いただいたプリント(『カトリック教会の文書資料集』)を見たが、これは専門家の使う書物であって、言ってみれば、医者さんが医者になるために勉強する書物みたいなもので、一般の人には分かるはずがない。もっと分かりやすいものを読んでくださるようにお勧めします。例えば、『カトリック教会のカテキズム』。

 

それでは、今回はこの辺で終わりたいと思います。お元気で。

 

ボナツィ


 

 

Saturday, December 31, 2016

タゴール

     赤ちゃんは、神がまだ、私たちに絶望していない、
     というメッセージを持って生まれてくる…。

「すべての嬰児は
 神がまだ人間に絶望してはいない
 というメッセージをたずさえて生れて来る」

Friday, March 07, 2014

「レクイエム(死者の為のミサ曲)」 「Dies irae(怒りの日)」歌詞対訳 G・ヴェルディー作曲



Dies irae(怒りの日)」歌詞対訳   G・ヴェルディー作曲

                   

 
Dies irae, dies illa,
Solvet saeclum in favilla:
Teste David cum Sibylla.
 
 
Quantus tremor est futurus,
Quando judex est venturus,
Cuncta stricte discussurus!
 
 
Tuba, mirum spargens sonum
Per sepulcra regionum,
Coget omnes ante thronum. 
 
 
Mors stupebit, et natura,
Cum resurget creatura,
Judicanti responsura.
 
 
Liber scriptus proferetur,
in quo totum continetur,
Unde mundus judicetur.  
 
Judex ergo cum sedebit,
Quidquid latet, apparebit:
Nil inultum remanebit.
 
Dies irae, dies illa,
Solvet saeclum in favilla:
Teste David cum Sibylla.
 
 
Quid sum miser tunc dicturus?
Quem pattonum rogaturus,
Cum vix justus sit securus? 
 
 
 
Rex tremendae majestatis
Qui salvandos salvas gratis,
Salva me, fons pietatis.
 
 
 
Recordare, Jesu pie,
Quod sum causa tuae viae:
Ne me perdas illa die.  
 
Quaerens me, sebisti lassus:
Redemisti crucem passus:
Tantus labor non sit cassus.  
 
Justus judex ultionis,
Donum fac remissionis
Ante diem rationis.  
 
Ingemisco, tamquam reus:
Culpa rubet vultus meus:
Supplicanti parce, Deus.
 
 
Qui Mariam absolvisti,
Et latronem exaudisti,
Mihi quoque spem dedisti.  
 
Preces meae non sunt dignae:
Sed tu bonus fac benigne,
Ne perenni cremer igne.  
 
Inter oves locum praesta,
Et ab haedis me sequestra,
Statuens in parte dextra.  
 
Confutatis maledictis,
Flammis acridus addictis:
Voca me cum benedictis.  
 
Oro supplex et acclinis,
Cor contritum quasi cinis:
Gere curam mei finis.  
 
Dies irae, dies illa,
Solvet saeclum in favilla:
Teste David cum Sibylla.
 
 
Lacrimosa dies illa,
Qua resurget ex favilla
Judicandus homo reus:
Huic ergo parce, Deus.
 
 
Pie Jesu Domine,
dona eis requiem.
Amen. 
 
彼の日こそ怒りの日なり、
世界を灰に帰せしめん。
ダヴィデとシビラの証のごとし。
(合唱)(Time 00:00) 
 
審判者やがて来りまして、
万(よろず)の事厳かに糺(ただ)し給わん。
人々の恐れ戦き、如何にや在らん。
(合唱)(Time 01:52) 
 
全土の墳墓に響き渡る、
妙なるラッパの響きにて、
人みな玉座の下に駆り集められん。
(合唱)(Time 02:18)
 
死と自然は驚かん、
其は造られたる物、審判者に。
答えんとて甦ればなり。
(バス独唱)(Time 04:30) 
 
その時世を裁かん為、
全ての事柄を書き表されし
文は差し出されん。  
 
かくて審判者出でて座し給うや、
隠れたる事悉(ことごと)く顕れ、
一つとして報いられざる事は無からん。
(メッゾ・ソプラノ、合唱)(Time 05:45)
彼の日こそ怒りの日なり、
世界を灰に帰せしめん。
ダヴィデとシビラの証のごとし。
(合唱)(Time 09:27) 
  
その時、哀れなる我、
果たして何をか言わん?
誰をか弁護者と仰がん?
(ソプラノ、メッゾ・ソプラノ、テノール)
(Time 10:17)  
 
仰ぐも畏(かしこ)き御霊感の大王、
御(み)恵みもて救わるべき者を救い給えば、
我をも救い給え、慈しみの泉よ。
(ソプラノ、メッゾ・ソプラノ、テノール、バス、合唱)(Time 13:47)  
 
慈悲深きイエズスよ。
天降り給いしは、其も我が為なりしを、
彼の日我を滅ぼし給わざれ。  
我を訪ねんとて疲れて座し給い、
贖(あがな)わんとして十字架の苦しみを忍び給いし故、
かかる労苦を空しからざらしめ給え。  
厳しく罰し給う正義なる裁き主よ、
裁きの日の至るまでに、
赦しの恵みを施し給え。
(ソプラノ、メッゾ・ソプラノ)(Time 17:19)  
 
 
我過ちたれば嘆き、
罪を恥じて顔赧(あか)らむ、ああ天主、
平伏して願い奉る、我を許し給え。
(テノール独唱)(Time 21:20) 
 
主はマリアを赦し、
盗賊の願いを聞き入れ給いしに依り、
我今もまた望みを抱かせしめ給えり。  
 
我が願いは相応しからざれど、
善き主よ、御慈悲もて、
我を永遠の火に焼けざらしめ給え。  
 
羊のうちに我を置き、
牡山羊より我を離れしめ、
右に立たしめ給え。(テノール独唱)(Time 21:52)   
 
呪われし者を恥じせしめて、
烈(はげ)しき炎に渡し給わん時、
我を祝せられし者と共に招き給え。  
 
平伏して灰の如く砕けたる、
心も偏(ひとえ)に願い奉る、
我が終わりを計らい給え。(バス独唱)(Time 24:34)  
 
彼の日こそ怒りの日なり、
世界を灰に帰せしめん。
ダヴィデとシビラの証のごとし。
(合唱)(Time 28:16)  
 
彼の日や涙の日なるかな、
人罪ありて裁きを受けんとて、
灰より甦らん。
されば天主、その時彼らを許し給え。
(ソプラノ、メッゾ・ソプラノ、テノール、バス、合唱)(Time 29:42)
慈悲深き主イエズスよ、
永遠の安息を彼らに与え給え、アーメン。
(ソプラノ、メッゾ・ソプラノ、テノール、バス、合唱)(Time 32:36)

間違ってたらごめんなさいです~。(^^;;;
http://home.intercity.or.jp/users/mark/tohkoh/midi/diesirae.htm


[1] 古今、多くの音楽家がレクイエムを作曲している。中でも、モーツァルト、ヴェルディ、フォーレのそれは三大レクイエムと呼ばれる。それぞれレクイエム (モーツァルト)、レクイエム (ヴェルディ)、レクイエム (フォーレ)を参照。

Thursday, June 20, 2013

大人の日曜学校  3

ビタミン(英語: vitamin)は、生物の生存・生育に微量に必要な栄養素のうち、炭水化物・タンパク質・脂質以外の有機化合物の総称である(なお栄養素のうち無機物はミネラルである)。
ある物質がビタミンかどうかは、生物種による。たとえばビタミンCはヒトにはビタミンだが、多くの生物にはそうではない。ヒトのビタミンは13種が認められている。本項では主にヒトのビタミンについて解説する。また、ビタミンとは本質的に異なるが、ビタミン様物質についても触れる。
ビタミンは機能で分類され、物質名ではない。たとえばビタミンAはレチナール、レチノールなどからなる。
ビタミンはほとんどの場合、生体内で合成することができないので、主に食料から摂取される。ビタミンが不足すると、疾病が起こったり成長に障害が出たりする(ビタミン欠乏症)。日本では厚生労働省が日本人の食事摂取基準によってビタミンの所要量を定めており、欠乏症をおこさない必要量と、尿中排泄量の飽和値によって所用量を見積っている。成人の場合、1日あたりの必要摂取量はmgからμgの単位で計る。


発見の歴史[編集]

ビタミンは通常の食事を取っていれば必要量が摂取できる。単調な食事に縛られた時、ビタミン不足による障害が発生するが、長い間それは単なる病気と見られていた。
ビタミン発見の発端は、軍隊が今ではビタミン不足による障害と知られている壊血病(かいけつびょう、英: scurvy、独: Skorbut)や脚気(かっけ、英: beriberi)に集団でかかり、当時の軍医らがこれらの病気の撲滅を狙って研究したことから始まる。

ビタミンは通常の食事を取っていれば必要量が摂取できる。単調な食事に縛られた時、ビタミン不足による障害が発生するが、長い間それは単なる病気と見られていた。
ビタミン発見の発端は、軍隊が今ではビタミン不足による障害と知られている壊血病や脚気に集団でかかり、当時の軍医らがこれらの病気の撲滅を狙って研究したことから始まる。1734年、J・G・H・クラマーは壊血病にかかるのはほとんど下級の兵卒であり、士官らはかからないことに気づいた。士官らは頻繁に果物や野菜を食べており、下級の兵卒らは単調な食事であることから、壊血病を防ぐために果物や野菜を取ることを勧めた。また、ジェームズ・リンドは 1747年、イギリス海軍で壊血病患者を幾つかのグループに分け異なる食事を与える実験を行った。その結果、オレンジやレモンの柑橘系果物が壊血病に有効であることを発見した。しかしこれらの発見は黙殺され、結局壊血病は 1797年にイギリス海軍において反乱が起き(スピットヘッドとノアの反乱)、その要求の一つにレモンジュースが入り、それが受け入れられるまでイギリス海軍を悩ませた(ただし、イギリス海軍本部は安価なライムを代用した)。


物質としてビタミンを初めて抽出、発見したのは鈴木梅太郎(すずき うめたろう)であった。彼は1910年、米の糠(ぬか)からオリザニン(ビタミンB1 (vitamin B1)を抽出し論文を発表した。ところが日本語で発表したため世界に広まらなかった。 1911年には、カジミール・フンク(ポーランドの生化学者。ビタミンの発見者、命名者として知られる。)がエイクマンにより示唆された米ヌカの有効成分を抽出することに成功した。1912年、彼は自分が抽出した成分の中にアミンの性質があったため、「生命のアミン」と言う意味で "vitamine" と名付けた。このとき発見されたのは、ともにビタミンB1(チアミン)である。

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強力粉のあるスパゲッティ、そば粉のあるそば、読める本、食べられる食べ物
生きた動物
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Sunday, January 20, 2013

Brother Sun Sister Moon Messiaen Wagner Debussy


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ルネッサンスの先駆者ともいうべき画家、ジョットが描いた美しい画面とか、音楽ではフランスの現代音楽家オリビエ・メシアンが書き残したオペラ「アッシジの聖フランチェスコ]

フランコ・ゼフィレッリ監督は1972年のイタリア・イギリスの合作映画。この映画のために、歌手のドノヴァンが主題歌と挿入曲を書き下ろしている。


ブラザー・サン シスター・ムーン ( エンディングの歌 )

1.Brother Sun and Sister Moon

Brother Sun and Sister Moon,
I seldom see you, seldom hear your tune
Preoccupied with selfish misery.

Brother Wind and Sister Air,
Open my eyes to visions pure and fair.
That I may see the glory around me.

I am God's creature, of him I am a part
I feel his love awaking in my heart

Brother Sun and Sister Moon
I now do see you, I can hear your tune
So much in love with all that I survey


ブラザーサン シスタームーン
その声はめったに私には届かない
自分の悩みだけに心を奪われて

兄である風よ
姉である空の精よ

私の目を開いておくれ
清く正しい心の目を
私を包む栄光が
目にうつるように

神に与えられた命
私にも神は宿る
その愛がいま
この胸によみがえる

ブラザーサン シスタームーン
今こそ
その姿に触れ
その声を耳に
そして胸を打つ
あふれるこの愛


2.The Little Church

If you want your dream to be
Build it slow and surely.
Small beginnings, greater ends.
Heartfelt work grows purely.

If you want to live life free,
Take your time, go slowly.
Do few things, but do them well.
Simple joys are holy.

Day by day, stone by stone,
Build your secret slowly.
Day by day, you'll grow, too,
You'll know heaven's glory.

夢をまことにと思うならば
あせらずに築きなさい
その静かな歩みが遠い道を行く
心をこめればすべては清い

この世に自由を求めるならば
あせらずに進みなさい
小さいことにも
すべてを尽くし
飾りない喜びに
気高さが住む

日ごとに
石を積み続け
あせらずに築きなさい
日ごとにそれであなたも育つ
やがて天国の光があなたを包む

Lyrics and music by Donovan

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メシアン/歌劇「アッシジの聖フランチェスコ」

『アッシジの聖フランチェスコ』(アッシジのせいフランチェスコ、フランス語: Saint François d'Assise)は、フランスの作曲家オリヴィエ・メシアン( Messiaen)による3幕(8場)のオペラで、1975年から1983年にかけて作曲された。台本も本人による。アッシジのフランチェスコ(タイトルロール)をテーマとし、作曲家のカトリックへの深い信仰を示す。世界初演は、1983年11月28日に小澤征爾の指揮でパリのオペラ座で行われた。

約4時間から4時間半かかる(各幕80分、2時間、1時間)。

演奏時間が長、く管弦楽が大編成で、台本が自作ということと、題材が宗教的だということで、ワーグナーの神聖舞台祭典劇「パルシファル」に先駆を見出すことができる。


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パルジファル

舞台神聖祝典劇 『パルジファル』(Bühnenweihfestspiel "Parsifal")はリヒャルト・ワーグナーが1865年、国王ルートヴィッヒ二世のために書いたオペラ。全3幕。原語ドイツ語。台本も作曲家自身による。中世(10世紀ごろ)スペインのモンサルヴァート城及びクリングゾルの魔の城を舞台とする。

第1幕への前奏曲

変イ長調。ワーグナー自身は、前奏曲は「劇的」でなく「根源的」に演奏されねばならないと語っていたとされる。また、ワーグナーがルートヴィヒ2世のために書いた注釈には、「愛-信仰-:希望?」と記されている。前奏曲では、主として「愛餐の動機」(イングリッシュホルン、クラリネット、ファゴット、弱音器付きのヴァイオリン、チェロ)、「聖杯の動機」(金管の順次上行。ドイツの賛美歌『ドレスデン・アーメン』を借用)、「信仰の動機」(ホルン、トランペット)が扱われる。とくに「愛餐の動機」は、多種の楽器を重ねることで楽器独自の響きがぼかされており、これはバイロイト祝祭歌劇場での上演を意識した音色と見られる。『ローエングリン』前奏曲がイ長調であるのに対し、『パルジファル』前奏曲がそれより半音低い変イ長調で書かれていることも、より柔らかい、くぐもったような雰囲気を表出することに役立っていると考えられる。曲は次第に重苦しくなっていくが、やがて「聖杯の動機」が希望を示すかのように繰り返され、第1幕へとつながっている。

Overture

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クロード・アシル・ドビュッシー(Claude Achille Debussy, 1862年 - 1918年)


『ベルガマスク組曲』(ベルガマスクくみきょく、仏語:Suite bergamasque )
親しみやすい曲想で知られる。とりわけ第3曲「月の光」(Clair de Lune)はドビュッシーの作品のなかでももっとも有名であり、単独での演奏機会も多い。

3. 月の光 (Clair de Lune)

変ニ長調。ほとんどピアニッシモで演奏される夜想曲で、優しく切ない曲想で有名。中間部の優雅な旋律は教会旋法の一種ミクソリディア旋法が採用されている。




Monday, January 14, 2013

Spirituals Gospel Rhapsody in blue


聖者の行進(せいじゃのこうしん、When The Saints Go Marchin' In)は、黒人霊歌の一つ。
ディキシーランド・ジャズのナンバーである。「聖者が街にやってくる」という邦題でも知られる。
発祥 [編集]

元々は、アメリカ合衆国の黒人の葬儀の際に演奏された曲。
ニューオーリンズでは、埋葬に行くときには静かな調子で、埋葬の時は悲しげに。埋葬が終わると、この曲でパレードをして帰っていく

兵庫県を本拠地とする家電量販店、ミドリ電化のコマーシャルソングとしておなじみである。

歌詞(一部)・日本語訳(意訳)

Oh, when the saints go marching in
Oh, when the saints go marching in
Lord, how I want to be in that number
When the saints go marching in

おお 聖者達が行進して行く
おお 聖者達が行進して行く
主よ 私もあの列に加わりたい
聖者達が行進して行く

We are traveling in the footsteps       私たちは逝ってしまった人たちの
Of those who've gone before,            足跡を踏みながら旅をしている
And we'll all be reunited,              そしてやがてひとつになるのだ
On a new and sunlit shore,              新しく光り輝く岸辺で

Oh, when the saints go marchin' in      聖者が行進していく時
Oh, when the saints go marchin' in      聖者が行進していく時
Lord how I want to be in that number    神よ、私もそこに居たいのです
When the saints go marchin' in          聖者が行進していく時

And when the sun begins to shine        太陽が輝き始める時
And when the sun begins to shine        太陽が輝き始める時
Lord, how I want to be in that number   神よ、私もそこに居たいのです
When the sun begins to shine            太陽が輝き始める時

Oh, when the trumpet sounds its call    裁きのラッパが鳴る時
Oh, when the trumpet sounds its call    裁きのラッパが鳴る時
Lord, how I want to be in that number   神よ、私もそこに居たいのです
When the trumpet sounds its call        裁きのラッパが鳴る時

Some say this world of trouble,         この乱れし世も
Is the only one we need,                我々に必要なものだといいます
But I'm waiting for that morning,       しかし新しい世界が始まる朝を
When the new world is revealed.         私は待ち望みたい



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アメイジング・グレイス(英語:Amazing Grace, 和訳例:すばらしき恩寵)は、ジョン・ニュートン (John Newton)の作詞による賛美歌である。特にアメリカ合衆国で愛唱され、またバグパイプでも演奏される。"grace"とは「神の恵み」「恩寵」の意。
原詞詞名(初行): Amazing grace! how sweet the sound

作詞者はジョン・ニュートン (John Newton)。作曲者は不詳。アイルランドかスコットランドの民謡を掛け合わせて作られたとしたり、19世紀に南部アメリカで作られたとするなど、諸説がある。
ジョン・ニュートンは1725年、イギリスに生まれた。母親は幼いジョンに聖書を読んで聞かせるなど敬虔なクリスチャンだったが、ジョンが7歳の時に亡くなった。成長したジョンは、商船の指揮官であった父に付いて船乗りとなったが、さまざまな船を渡り歩くうちに黒人奴隷を輸送するいわゆる「奴隷貿易」に手を染め巨万の富を得るようになった。
当時奴隷として拉致された黒人への扱いは家畜以下であり、輸送に用いられる船内の衛生環境は劣悪であった。このため多くの者が輸送先に到着する前に感染症や脱水症状、栄養失調などの原因で死亡したといわれる。
ジョンもまたこのような扱いを拉致してきた黒人に対して当然のように行っていたが、1748年5月10日、彼が22歳の時に転機はやってきた。船長として任された船が嵐に遭い、非常に危険な状態に陥ったのである。今にも海に呑まれそうな船の中で、彼は必死に神に祈った。敬虔なクリスチャンの母を持ちながら、彼が心の底から神に祈ったのはこの時が初めてだったという。すると船は奇跡的に嵐を脱し、難を逃れたのである。彼はこの日をみずからの第二の誕生日と決めた。その後の6年間も、ジョンは奴隷を運び続けた。しかし彼の船に乗った奴隷への待遇は、動物以下の扱いではあったものの、当時の奴隷商としては飛躍的に改善されたという。
1755年、ジョンは病気を理由に船を降り、勉学と多額の寄付を重ねて牧師となった。そして1772年、「アメイジング・グレイス」が生まれたのである[1]。この曲には、黒人奴隷貿易に関わったことに対する深い悔恨と、それにも関わらず赦しを与えた神の愛に対する感謝が込められているといわれている。
この曲のほかにも、彼はいくつかの賛美歌を遺している。

「Amazing Grace」歌詞

Amazing Grace, how sweet the sound
That saved a wretch like me
I once was lost but now am found
Was blind but now I see

'Twas Grace that taught my heart to fear
And Grace, My fears relieved
How precious did that Grace appear
The hour I first believed

Through many dangers, toils and snares
We have already come
'Twas Grace that brought us safe thus far
And Grace will lead us home

When we've been here ten thousand years
Bright shining as the sun
We've no less days to sing God's praise
Than when we've first begun

Than when we've first begun

「アメイジング・グレース」和訳歌詞

アメイジング・グレース なんと素晴らしい言葉だろう
私のような愚かな人間も救ってくれた
自分を見失っていた時期もあったが今は大丈夫
見えなくなっていたものも今は見える

心が恐怖に支配されている時、神の恵みを知った
神の恵みが私を恐怖から救い出してくれた
神の恵みを知った瞬間のなんと素晴らしかったことか
初めて信じたあの瞬間

たくさんの危機や誘惑の罠を
私達はいつも乗り越えてきた
神の恵みはこれまで私たちを守ってくれた
これからも神の恵みが私たちを導くでしょう

私たちは何万年経っても
太陽のように明るく輝き
神を褒め称える歌を歌うだろう
初めて歌ったその時よりも

初めて歌ったその時よりも


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"Go Down Moses" is an American Negro spiritual. It describes events in the Old Testament of the Bible, specifically Exodus 7:26: "And the Lord spoke unto Moses, go unto Pharaoh, and say unto him, thus saith the Lord, Let my people go, that they may serve me", in which God commands Moses to demand the release of the Israelites from bondage in Egypt. The opening verse as published by the Jubilee Singers in 1872:

When Israel was in Egypt's land: Let my people go,
Oppress'd so hard they could not stand, Let my People go.
Go down, Moses,
Way down in Egypt's land,
Tell old Pharaoh,
Let my people go.

In the song "Israel" represents the African-American slaves while "Egypt" and "Pharaoh" represent the slavemaster.
Going "down" to Egypt is derived from the Biblical origin, where Egypt is consistently perceived as being "below" other lands, with going to Egypt being "down" [1] while going away from Egypt is "up".[2] In the context of American slavery, this ancient sense of "down" converged with the concept of "down the river" (the Mississippi), where slaves' conditions were notoriously worse, a situation which left the idiom "sell [someone] down the river" in present-day English.[3]

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ジェリコの戦い(英語:Joshua Fit The Battle Of Jericho)は、旧約聖書に登場する、古代イスラエルのモーセの後継者ヨシュア(英名ジョシュア)によるカナン人の都市ジェリコの攻略を歌った歌である。もとはこの戦いの歌だが、黒人霊歌、ジャズのスタンダード・ナンバーとしても有名である。
主な内容 [編集]

ヨシュアはジェリコとの戦いを始め、兵士達は手に槍を持って突撃した。ヨシュアはこの戦いは我が手中にあると言い、兵士達に叫べ、角笛(羊の角を使ったトランペット)を吹けと命令した。すると笛と声によってジェリコの城壁は崩れ落ちた、という「ヨシュア記」6章の内容が歌詞となっている。また歌詞の中で、この戦いにおけるヨシュアより偉大な人物はいないと言っている。

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ブルース(Blues)は、米国深南部でアフリカ系アメリカ人の間から発生した音楽のひとつ、またはその楽式。19世紀後半頃に米国深南部で黒人霊歌、フィールドハラー(労働歌)などから発展したものと言われている。

アフリカ系アメリカ人によるフォークミュージック 労働歌 スピリチュアル・ミュージック

日本におけるブルース・ブーム [編集]
日本では、1970年代にブルース・ブームが起こった。
1971年、B.B.キングが初来日を果たす。1973年にスリーピー・ジョン・エスティスの「スリーピー・ジョン・エスティスの伝説(The Legend of Sleepy John Estes)」がオリコン・チャートに食い込む大ヒットとなる。
1974年、「第1回ブルース・フェスティバル」開催。同フェスティバルは第3回まで開催され、エスティスを始めロバート・ロックウッド・ジュニア&エイセズ、オーティス・ラッシュらの来日が実現した。
京都、大阪を中心にウエスト・ロード・ブルース・バンド、憂歌団、BREAK DOWN(1970年代前半当時、三大ブルースバンドと呼ばれた)など、ブルース・バンドが登場。日本の独自のブルース・シーンが形成されて行く。


スピリチュアル(英: spirituals)とは、霊歌、すなわち、黒人霊歌、白人霊歌と呼ばれてきたものの総称である。黒人霊歌のことをニグロ・スピリチュアルという言い方がある。奴隷としてアフリカから連れてこられたアフリカ系アメリカ人にキリスト教が広まり、賛美歌とアフリカ独特の音楽的感性が融合したものである。スピリチュアルを賛美歌に含めて考える考えと、賛美歌としては取り扱わない考えとがある。

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ラプソディ・イン・ブルー(Rhapsody in Blue)は、アメリカの作曲家ジョージ・ガーシュウィン Gershwin が作曲、ファーディ・グローフェが編曲したピアノ独奏と管弦楽のための音楽作品である。
1924

ラプソディ・イン・ブルーというタイトルは「ジャズの語法によるラプソディ」といった程度の意味がある。ところでラプソディ(狂詩曲)とは「民族音楽風な叙事詩的な特に形式がなく、自由奔放なファンタジー風の楽曲」という意味があるので、このタイトルから、ガーシュウィンはジャズをアメリカにおけるある種の「民族音楽」と捉えていたことが伺える。
実際この曲はアメリカ的な芸術音楽の代表格とみなされている。

finale: andante misterioso

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『炎のランナー』(ほのおのランナー、原題: Chariots of Fire)は、1981年公開のイギリス映画。監督はヒュー・ハドソン。第54回アカデミー賞作品賞受賞作品。当時の時代背景の中で権威主義的排他的なイギリスを描きながらもイギリス的尊厳を彫り込んだ作品になっている。

走ることによって栄光を勝ち取り真のイギリス人になろうとするユダヤ人のハロルド・エーブラムスと、神のために走るスコットランド人宣教師エリック・リデル、実在の二人のランナーを描いている。舞台は1919年、エーブラムスが入学するケンブリッジ大学と、リデルが伝道活動をする北スコットランド・エディンバラから、1924年のパリオリンピックへと移ってゆく。
おおむね実話に基づいているが、リデルと妹の確執、エーブラムスと友人モンタギューの関係、エーブラムスとシビルの出会いなど、いくつかは映画用に潤色されている。ヴァンゲリスが作曲したサウンドトラックの中の『タイトルズ』は、日本でも耳にする機会の多い有名な曲となった。