Wednesday, March 03, 2010

Japan Usa China 日米中

記者の目:正三角形論は日米「破談」=重村智計

 韓国の金大中(キムデジュン)元大統領は、2000年の南北首脳会談で「金正日(キムジョンイル)総書記に、在韓米軍を国連平和維持軍に替える提案をした」と明らかにした。この発言に米国は怒った。「米韓同盟の終了」を意味したからだ。国連平和維持軍は紛争当事者に対して中立を求められる。北朝鮮が攻めて来ても、米国は北朝鮮を攻撃できない。盧武鉉(ノムヒョン)前大統領はその後、在韓米軍撤退にまで言及した。だから、米ブッシュ政権は、韓国大統領府を「タリバン」と呼んだ。

 日米関係の悪化で、米大統領側近は「鳩山政権もタリバンか」と語った。民主党首脳陣が、日米中「正三角形の関係」を強調したからだ。それは「日米同盟の終了」を意味する。日本は米中のように覇権を競う核大国でないから、正三角形になりえない。それより3国の、同時に良好なシステムの実現が大切だ。そのためには日米同盟が必要だ。

 日米同盟は89年に冷戦が終了して以来、漂流を続けている。ロバート・ゼーリック国務次官(当時、現世銀総裁)はその危機を指摘していた。彼は89年、「同盟を維持する条件は(1)共通の敵と(2)共通の価値観--の二つだが、日米同盟は、冷戦終結で共通の敵と共通の価値観を失いつつある」と述べた。

 日米同盟を救ったのは北朝鮮だった。北朝鮮は、核とミサイル開発、日本人拉致で、「日米共通の敵」になった。冷戦終了からの20年間、日米同盟を維持できたのは、北朝鮮のおかげであった。

 故マンスフィールド駐日米大使は「日米関係ほど重要な国際関係はない」との言葉を残した。この言葉には「米国にとって」との意味が強く含まれている。だが、日本にとっても「日米関係ほど重要な国際関係はない」のである。

 日本の近現代史は米国のおかげで幸運であった。近代日本をグローバル化に導いたのはペリー提督であった。米議会はペリー艦隊に発砲を禁じていた。米議会が欧州の植民地主義を嫌っていたからだ。

 日本の敗戦時に、旧ソ連のスターリン共産党書記長はトルーマン米大統領に、日本分割統治を要求した。米国は断固拒否した。もし受け入れていたら、日本はドイツや朝鮮半島のような分断国家になっていた。戦後の日本は、アジアで最も早く民主主義と市場経済を実現し、人権尊重の政策を取り、経済成長を果たした。世界史の先端を行く価値観と政治システムを導入できた。日米同盟の成果であった。

 戦争と紛争は、なぜ起きるのか。約2400年前に、ギリシャの歴史家ツキジデスは「ペロポネソス戦争」を分析した著書「戦史」で、「過度の恐怖が、戦争の原因」との理論を示した。最近になって、ツキジデスの研究者である米国のドナルド・ケーガン教授は「恐怖に加え、指導者の判断ミスが紛争の原因」と明らかにした。ブッシュ前米大統領のイラク攻撃からベトナム戦争、朝鮮戦争、湾岸戦争、そして太平洋戦争も、原因はいずれも指導者の判断ミスと過度の恐怖である。

 政権交代では、まず「前政権の外交合意は守る」というのが国際常識である。その上で数年をかけて沖縄基地の追加削減交渉をすべきだった。

鳩山由紀夫首相は、オバマ米大統領との個人的な信頼関係構築にもっと努力すべきだ。現代は首脳外交の時代だ。年に何度も首脳会議が開かれる。そこでは首脳同士の個人的な信頼関係が最も重要になる。

 世界の歴史で、日本ほど安全で幸運な国はなかった。外敵の侵略を受けたのは、わずかに元(げん)による攻撃だけ。第二次世界大戦では自ら国を滅ぼしたが、原因は指導者の判断ミスであった。

 国家の発展を支えるのは、経済力と技術力、そして世界史の先端を行く価値観と文化、教育力と政治システムである。日本はいま、議院内閣制の限界に直面している。統治システムが、世界史の発展に追いつけない状況にある。

 そのためか、「中国がやがて世界を支配する」との思いが民主党内にはあるようだ。これは間違いだ。中国は民主主義も実現できず、人権問題を抱え、6億人を超える極貧層がいる。世界からなお尊敬されず、世界史を導く価値観や文化を生み出していない。その「中国が世界を支配する」というのは、「過度の恐怖」か「判断ミス」である。

 国際社会が日本の指導者に期待しているのは「マニフェスト」の実行だけではない。「ステートクラフト(Statecraft)」である。これは、国家の運命を誤らない外交力である。日米と米中、日中関係が同時に良好な時代はなかった。同時良好な3国関係は、理想だ。だが、男女関係でも、三角関係は必ずもつれる。外交でも同じだ。

 幼稚な外交摩擦は、ステートクラフトの無さを国際社会に露呈した。対等とは、互いに尊敬し合える関係である。(客員編集委員、早稲田大学教授)


毎日新聞 2010年3月3日

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